#元の木阿弥か

退院後、1週間弱は奇跡の様だった。咳や痰上がりがない・よって吸引も全くない。カテーテルを使用しない日が多かった。ましてや、吸引による嘔吐反応や嚥下不能痙攣は全く見られなかった。

しかし、不審でもあった。ギャッジアップ30度近くで逆流による誤嚥の可能性は減少しょう。しかし、唾液は重力に従って落ちていくはずだ。それを嚥下できなければ窒息や唾液誤嚥につながる。幸い前者は病院でも見られないとのことだった。ならば、唾液は食道か気管に行くしかない。気管に行けば誤嚥性肺炎となる。そもそも、白湯半減の結果か唾液自体が少なかった。拭いても口腔はかわいていた。それはそれでよくないはずだが、ぐちゅぐちゅゴロゴロすることは殆ど見られなかった。肺の奥深くに溜まっているのではとの危惧もあった。

1週間も経たないうちに、コホコホと痙攣のような咳をし出した。更に、泡状の唾液や痰が口腔から溢れたりして吸引の必要が出てきた。看護師による鼻孔からの吸引によってズルズル引けたこともあった。少し深く入れて嘔吐反応も一回見た。そして、今日は昼に痰が上がり、ギャッジアップが低めだったためか、それを飲みこもうとしても飲めないことが連続して起こる嚥下不全反応的動きが退院後初めて見られた。

よるのT看護師の時、いつもより長め(深くはない)の吸引だったが、嘔吐反応や痙攣はなかったと言っていた。

ちょっと咳をするのを見るだけで身を切られる辛さだ。ここまで苦しめて生きさせるのは辛く思う。しかし死んでほしくもないのだ。この信仰の仏は、とてつもなく残酷な仏ではないかと思う。愚直に未来の幸福を願って務めてきたものにこういう残酷な状態を与えるとは。