#野戦病院のような高齢者施設・療養21人のうち6人死亡・入院させれば救えたはず

最悪の事態で政府や行政が何もしないとはこういうことだ。 東洋の仏教などとは違う、欧米流の生死観・生命観を受け入れ、社会をまわすためには、国民の多少の犠牲者はやむを得ないという立場である。 もっとはっきり言えば、国民の一部の人たちを見殺しにしてもかまわないということだ。

ベンサム流の功利主義、最大多数の最大幸福と同じ考えでもある。プラグマティズム実用主義も同系統だ。この思想団体と提携を結んだ日本の新興宗教団体もいたはずだ。真善美に代わる利美善という創立者に考えは確かに相通じるものがあるように思う。新自由主義史観のバックボーンの一つでもある。新しい資本主義とは結局新自由主義だ。

多少の犠牲を容認することを、政府は正直に国民に説明していない。国民のコンセンサスでもない。 この多少とはどれだけか、また、誰なのか。あなた自身やあなたの家族は含まれるのか。 今言えるのは、この中に含まれるのは、高齢者と社会的弱者である。 戦後最大の国民虐殺内閣の誕生である。罪は重い。

訪看や訪問入浴などのスタッフが、簡単に感染することが目立っている。人一倍気をつけてきた方達だ。