誰が母を食べれなくしたか

スーパーなどで、母に食べさせていた食品を見ると涙が出て来る。私はこれらの食品を二度と食べたり買ったりしないだろう。

母はいつ食べれなくなったのだろう。厳密にきちんと検証しておく必要がある。

5月27日(月)、Aじさいの郷の食事介助によって起こされた重篤誤嚥性肺炎による一度目の入院の退院を迎えた。

この日、朝昼は病院でほぼ完食しているようだ。ただし、朝に吸引があったと聞いている。退院をまじかにして吸引が増えており、肺炎の不完治も疑われる。

この日の夜、配食弁当の主食を半分とデザートゼリー位しか食べなかった。

翌朝も、残りの主食半分位しか食べなかった。やたらお茶を欲しがっていた。Mヶ丘のように食堂で定量カップにお茶を飲ませるようなことをしてないから、M任石川ではお茶をしっかり飲ませていたか分からない。入院中もいつも欲しがっていたので飲ませられていなかった可能性が高い。ともかく、MケアでSTにしっかり見てもらい食べさせてもらえばいいと思っていた。

んで、28日昼の食事風景を見に行った。かなりしっかり見たつもりだ。結構食べさせていた。勿論完食ではない。が、かなりムセをおこしていたのと、座る姿勢が前かがみではなく反り返りのような感じなのが気になった。KみちSTによると、母の背中がかなり曲がっていることへの対応との話であった。

夕食を食べさせる準備中、とろみをつけていないお茶を母が自分で少し飲んでしまいムセた。

続けて、主食を食べさせようとして、少し大きめかなと思ったが口に入れたとたん大きくむせた。はじき出したのではなく気管に誤嚥を感じさせる嫌なむせ方だったので、24時間看護に電話したが、前回の救急入院時に遅れたOく村が出て、夕食の炊事中ということで来なかった。様子見ろと。管理人のSわも同様の電話をしてきた。ここはいったい人の命をどう思っているのだ。

食事はそれ以上食べさせられず、休ませた。しばらくすると落ち着いたように見えたので。そのまま寝かせた。

翌29日朝、朝食をとろうと車いすに座らせたが、様子がおかしく、再びベッドに寝かせた。酸素飽和濃度も悪く、苦しいかというと苦しいというし、唇や体も震えている。24時間看護に電話すると三度あのOく村が出た。またもまたもシャワーだとかで来れない、様子を見ろと。ここまでひどいと話にならないので、即、救急車を呼んだ。ここはAじさいの郷同様人の命をどう思っているのだ。

病院での検査の結果、やはり誤嚥性肺炎であった。ただし、前より軽く、前回の炎症反応が10ほどあったのに対し、今回は4弱とのことであった。実際入院中に別の件でもっと高い炎症反応も出ているので、今回は重篤でないか前の肺炎が治っていなかったとみるべきであろう(O川医師はそこを私に確認した)。

さて、29日水曜日から、またも絶飲絶食である。ただ、週末にかけては、それほど酷い印象を受けなかった。ゴボゴボとした咳も余り見られなかったし吸引も少なかったはずだ。前ならこの時期に嚥下テストをしているはずなのに何故しなかったのか大きな疑問である。

看護師によると、土日から翌週初に吸引回数が増えた様である。よく週半ばにはかなりひどいゴボゴボ咳が見られた。車いすなどに乗って起き上がると、起動から吹き脱すようなプハーというような咳を何度もしていた。そんな中での、木曜日での嚥下テストであった。結果は最初から見えていた。車いすに乗った時点から、ひどそうにプハーっプハーっというような咳をしていたのだから、まるで、出来レースのような検査である。

案の定、内視鏡カメラで、声帯付近の気道でつばや痰が絡んでいる映像が見られた。Kもり耳鼻科医師は、これがこんなところにあってはいけないのだと言って、それっきり嚥下テスト自体が中止になって、それ以降、嚥下に関しては放置状態で現在に至る。手術が実施成功したのが6月24日と一か月近くたってしまった。そこから慎重に慎重に経腸栄養が実施されて現在に至る。

つまり母は5月28日に南ケアセンターで昼食を食して以来、29日以降何も食していない。

かかりつけ医のO川医師に嚥下テスト当日泣きつき、p-tegと術者の名外科医I井医師を紹介され、そのままとんぼ返りで社会福祉士のT澤氏に意思・要望を伝えた。翌日の主治医H道氏による症状説明と選択し提案は、こちらが準備してなかったら驚愕的なものだったに違いない。それ程、ひどい侮蔑的内容だった。自分を神とでも思っているのかこの医師は。

私は、母の嚥下機能低下や停止に、実証はできないが、まず、降圧剤4倍量を1ヶ月半の誤服用ということがかかわっていると実感している。1回目の入院中も、Mヶ丘のように各食事を殆ど完食できなかったのは、食形態のせいかと思っていたが、徐々に嚥下力が低下していたのだろう。その一因が過剰な降圧剤であろう。入念にプリントまで出して説明してあったのにである。

更に、1週間以上にわたる嚥下テストの放置・未実施が事態の悪化を防止できなかった。高名な看護師小山氏によると、嚥下テストは誤飲性肺炎で入院後即やらなければならないことである。それを怠った。

更にそのまま、低栄養で一ヶ月放置した。重大な機能廃用が懸念される中で嚥下能力はどうなっているのだろう。

 

結論、誰が母を食べられなくしたかは、明らかであろう。

現在、I井先生やNSTの介入によって、食道ろうと経腸栄養が慎重かつ順調に進められている。計測上23.5キロまでおとしめられた体重は、若干、回復の兆しは見える。

しかし、本来、ここまでおとしめられなければならなかったことなのか。