「PCR抑制」日本が直面している本末転倒な現実

新型コロナウイルスの感染拡大に関連し、山梨大学の島田真路学長(皮膚科学)が「PCR検査の不十分な体制は日本の恥」などとして、政府の施策を激しく批判している。大学の公式HPや医療関係者向けサイトでの見解表明は、3月中旬以降、すでに5回。山梨大学医学部附属病院の院長も務めた島田氏の論点は、いったいどこにあるのか。5月6、8日の午後、2回にわたってじっくりと耳を傾けた。

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■検査抑制は政府の指示が行き渡ったため

 ――新型コロナウイルスの問題では、「日本のPCR検査は少なすぎる」との指摘が当初からありました。実際、「熱があるのに検査してもらえない」という声も途切れません。日本の検査体制とは、結局、どういうことだったのでしょうか。

 厚生労働省は最初から「渡航歴や患者との接触歴などから、都道府県が必要と判断した場合に検査が行われます」と説明し、事実上、PCR検査に制限を加えてきました。そして、この判断基準は、保健所や帰国者・接触者相談センターに行き渡っている。だから、保健師さんたちは「基本的に検査してはいけない」みたいな気持ちで業務に当たってきたわけです。感染を疑われる患者さんが来ても「しばらく様子を見てください」みたいに対応してしまう。最近では、そのまま亡くなった人もいる。(厚労省は)罪深いことをやってきたと思います。

 検査自体についても「保健所が核となってやる」という制限があったので、当然、検査に回せるリソースは少ないわけです。しかも、当初は、医師が「この患者はコロナに感染しているかもしれない」と判断しても、保健所か相談センターのお墨付きが出ないと、その患者は検査されなかったわけですから。

 ――もっと検査できたはずだ、と主張されていますね? 

 PCR検査は、民間の検査会社や大学にとって比較的簡単な検査なんです。任せてもらえたら、もっとたくさん検査できたはずです。それを保健所だけにやらせようとするから、保健所がいっぱいいっぱいになってしまう。

1000人当たりのPCR検査数を国別で比較すると、日本は、医療水準がはるかに下のパキスタンと同じレベルです。PCR検査は、新型コロナウイルスを検出できる唯一の検査法です。「日本は感染を抑えている」と言う人もいますが、私に言わせれば、その検査をこれだけ制限しておいて「陽性者が少ない」「コロナ対策をうまくやっている」と評価するのは、あまりに本末転倒な議論です。

 ――「PCR検査を拡大すると、医療崩壊を起こす」という意見がありました。今もその指摘は残っています。これについては? 

 検査を絞るための、後付けの言い訳ですよね。感染症では隔離がいちばん大事。どんどん検査して、陽性者を見つける。軽症者や無発症者にはホテルや公共施設に入ってもらい、看護師や医師のモニターを受けながら、陰性になるまで待ってもらう。病院のベッドは重症者のために空けておく。これが原則です。

 日本でも法律を弾力的に運用して、本気になって施設を確保しておけば、最初からそれができたはずなんです。「医療崩壊」という言葉で国民を脅かしたのは、実はそういう作業をやりたくなかったためじゃないか、と思います。最近ようやくですが、ホテルでの受け入れも始めていますから、PCR検査を拡大しても医療崩壊が起きるなんてことはありません。

 ――なぜそこまでして、検査を抑制したのでしょうか? 

 4月に迫っていた中国国家主席習近平氏来日と、7月に予定していた東京五輪。政府はこれらを優先したんでしょう。本当の原因はそこにあったと私は思います。東京五輪をやるためには、日本で感染者が増えていちゃいけないわけだから、PCR検査数を抑えた。日本にはコロナウイルス拡大はないことにして……。「クルーズ船の患者は別カウントだ」とも言っていました。そうした当初の制限が効きすぎて、保健所の方々の心理に、検査を抑制することが刷り込まれたと思います。それが東京五輪の延期などが決まった後でも、検査数が伸びない大きな原因です。

■「37.5℃以上が4日以上基準」削除の重要な意味

 ――厚生労働省は当初、検査実施の目安を「37.5℃以上の発熱が4日以上続いた場合」としていました。ここに来て、それを削除しました。

 「厳しすぎる条件」だったということの表れです。「PCR検査は重症者しか受けさせないぞ」という強い意思が働いていたということです。

 ――政府は、緊急事態宣言を5月末まで延長しました。

 いちばんの問題は、解除の数値目標がはっきりしなかったことです。PCR検査の陽性率や病床の占拠率など、どういう状況になったらいいのか?  PCR検査という入り口を最初から絞り込んできたから、緊急事態解除に向けての検討材料になりうる陽性率などの重要な指標を見失ってしまったように思います。

 今は緊急事態宣言を出して、「とにかく全員外に出るな」と要請していますが、それを続ければ、経済が死んでしまう。遅すぎるかもしれませんが、今からでも患者さんの正確な数を捕捉することが重要です。どんどん検査して、患者を見つけて隔離する。その方法しかないと思います。

■「大学経営者としては最悪です」

 ――今からでも検査を徹底するにしても、実施数を先進国並みにするには何が必要でしょうか。

 医師会の皆さんがPCR検査をやり始めていますけど、あれで十分かどうか。医師会の人たちだって怖いんです。個人事業ですし、自分が感染したら終わりなんですよ。非常に慎重にならざるをえない。

 この状況を打開するのは、大学だと思っています。地域でいちばん医療資源があるのは、やはり大学病院なんです。検査部が充実している大学ならどんどん検査できる。そう考え、山梨大学医学部附属病院では、専用病棟を設けるなど新型コロナ患者の入院できる態勢を整えてきました。外来についても、山梨県や県医師会と連携して、ドライブスルーのPCR検査を始めました。

 ただ、大学の経営者としては最悪なことをやっています。病棟を1つ閉め、手術を絞り、そうやって捻出した人員をコロナ対策に充てている。収入もものすごい勢いで減っていますし、支出はどんどん出ていく。山梨県から補正予算で出してもらっていますが、その額ではとても追いつかない。それでも、大学の経営的な損失と人の命、どっちが大事なのか、という思いでやってきました。

 しかし、厚労省文科省が「われわれが補償します」といっさい言わない現状では、他の大学は踏み切れないでしょう。大学のリソースを活用して、日本全体で乗り切っていこうという機運が生まれないといけない。そう考えて、踏ん張っているところです。

 取材:当銘寿夫(とうめ・ひさお)=「フロントラインプレス(Frontline Press)」

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